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■ リハくるコラム15 ■


パーキンソン病の祖父の最期とリハビリ

《パーキンソン病ってご存知ですか?》

パーキンソン病は、中脳の黒質という部位に「αシヌクレイン」「アミロイドβ」と呼ばれるタンパク質が、異常な凝集をして沈着することにより、ドーパミンが十分に供給されなくなり、大脳基底核の機能が低下し、動作の開始が遅くなったり、固縮という手足のこわばりが出現したり姿勢反射障害によりバランスが低下し転倒しやすくなる疾患です。また、自律神経の調整も困難となり末期には失禁や血圧の調整が困難となります。
指定難病であり現時点では治療法が確率されていない進行性の疾患です。
代表的な症状に無動、固縮、安静時振戦、姿勢反射障害という症状があります。



《パーキンソン病の祖父とリハビリテーション》

まずはこちらの映像をご覧ください。

祖父はリハくるの訪問リハビリとデイサービスのマシンリハビリを行っていました。
リハくるでの1回分の介入結果では歩幅が向上し歩行速度も向上、重心の位置も後方重心は軽減し身体の中心部に近い位置で重心を保つことができるようになっています。

歩容と姿勢に優位な変化が見られましたが、決してこれで一件落着ではありません。
パーキンソン病は進行性の難病。
数日経つと歩容は元に戻り、疾患が進行すると、さらに歩容は悪化してしまうのです。



《パーキンソン病の祖父の疾患進行経過》

祖父の疾患進行の経過記録です。

主な症状・状態 生活自立度・歩行 その他の特徴
2016年 手指回内外テストで右のみ遅延 生活影響なし 学生時代に評価練習で発見。診断なし。ラクナ梗塞の可能性も疑う。
2021年 軽度姿勢変化(前傾・丸まり)股関節伸展制限、外旋外転位歩行 杖なしで屋内・屋外とも自立歩行可能 歩幅狭小。
2023年 パーキンソン病の確定診断 屋外杖歩行自立、会話可能 中期進行期。生活自立度は保たれている。デイでのリハビリとL-DOPAを開始
2024年 姿勢進行、すくみ足時々 屋外杖歩行自立、会話可能 生活自立度は保たれているがまれに転倒あり。
2025年 姿勢進行、方向転換拙劣。嚥下機能低下。 屋内杖歩行自立、屋外介助必要 転倒時々。
2025年9月頃 発話低下、会話乏しくなる。流涎(よだれが止まらない)出現 屋内杖歩行・入浴ともに環境調整により自立も転倒リスクあり リハくるの訪問リハ開始。ホーエンヤール分類3。運動機能より生命維持機能の方が低下見られる
10年目 転倒頻回、尿・便失禁頻回、食事摂取あるも体重減少。流涎に黒い液体が混じる。 屋内杖歩行・入浴ともに環境調整により自立も転倒頻回 入浴中に急性心不全で最期を迎え、天寿を全う。

パーキンソン病の初期段階は非常に発見しづらいと言われています。特徴は、片側性の症状から始まること。
学生時代に評価の練習で行った手指回内外テストが右のみ拙劣となった結果は、今思うと片側に動作緩慢が生じていたのだろうと考察できます。
その後の姿勢変化などを加味すると、おそらく10年の時をかけて少しづつ症状が進行していたのでしょう。
2025年の末頃に病状は末期へと進行し、流涎がコントロールできなくなり、転倒も頻回、失禁も出現し始めました。



《パーキンソン病の祖父が最期を迎えるまで》

※ここから先は亡くなった時の描写があります。ショックの強い方はお控えください。

祖父は最期、入浴中の急性心不全でこの世を去りました。
冬場でしたのでヒートショックだろうという推察もあるでしょうが、流涎や失禁(便・尿)、転倒頻回、食事摂取しているにも関わらず体重減少、流涎に黒い液体が混じる、といった症状を加味するとパーキンソン病は末期症状へと進行していたと想像できます。
自律神経調節機能や心・循環器機能は限界に近い状態だったのでしょう。
そのため、入浴をきっかけに心肺機能が生きるための限界を迎えた。
結果として、寿命で最後を迎えることができたのだと私は思っています。
享年87歳でした。

パーキンソン病は、末期症状になると寝たきりとなるか自立生活が困難となる方も多いです。
しかしそんな中で祖父は転倒は頻回であったものの、屋内歩行や入浴は環境調整にて自立して行うことができていました。
生命維持機能に比べ運動機能が保たれていたのは、デイサービスでのマシンリハビリによる筋力維持とリハくるの訪問リハビリによる動作維持と柔軟性維持の効果が大きかったのではないかと感じています。

訪問リハビリでは、股関節の柔軟性、体幹の伸展可動性、胸郭柔軟性を高めることができ一時期は祖父が悩んでいた流涎が減少し、声量も向上、発話が増え、週の転倒回数も減少していました。しかし、疾患の進行とともにそれらの機能も低下して行きました。

祖父の希望はできるだけ他人の手を借りず、自立した生活を送りたい。そして、自宅で最期を迎えたいというものでした。
転倒はありましたが、祖父は屋内を自分の足で歩き、入浴をするという日常生活を最期まで一人で続けることができました。
パーキンソン病の末期症状において自立歩行時の転倒を完全に予防することは、リハビリ職として不甲斐ないですが、病態的に正直困難です。

ですが骨折も一度もなく生活を継続することができました。
火葬後も立派な大腿骨、骨盤、腰椎、頭蓋骨、脛骨が綺麗に残っていました。
動きにくくなっていく身体に抗いながら、祖父が筋力維持にしっかり取り組んだことによる努力の賜物です。

亡くなった当日、日中に自宅で1度転倒がありましたが、祖父はその後デイサービスに行きリハビリを行い、帰宅後に少しのおやつと夕食を食べ、余暇をテレビを見て過ごし、お風呂で身体と頭を自分で洗い、湯船に自身で浸かり、温かいお風呂の中で1日の最後に、最期を迎えました。
祖父は穏やかな表情で旅立ちました。

これはパーキンソン病を患った祖父にとって、最も理想的な形だったのではないかと孫としても、リハビリ職の一人としても感じています。



《リハビリ職が思う難治性疾患の方との関わり方》

祖父以外にもたくさんのパーキンソン病の方を担当しました。全員に当てはまるのは疾患が進行する未来が必ず来るということ。
祖父もよく「この身体なんだったら早く死にたいね」と言っていました。でも、残念ながら現時点で疾患が進行する現実は変わりません。
私たちリハビリ職は、少しでもその人がその人らしく、最期まで生活を送れるように関わります。
生きててよかったと思ってもらえるように必死に関わります。
祖父もなんとか、希望であった自立生活の中で最期を迎えることができました。

その反面、私にはどうしても許せないものがあります。
それは「鍼・整体でパーキンソン病が治る」と吹聴し、医者でもない職種たちが病気に悩む人たちを対象に金儲けをしている事実があることです。
本当に医療のことを勉強していて、パーキンソン病のメカニズムを理解しているのであれば、そんな浅い発言はできないはずです。
パーキンソン病は鍼や整体で治るほど簡単な疾患ではありません。でなければ難病には分類されません。

パーキンソン病の方との関わりは、医療職としてその方の最期を見据えて、生活も含めて関わることが必要不可欠なものです。


《まとめ》

私たち医療職・リハビリ職が難病の方と関わることは必要なことだと思います。
介入や支援があれば、進行性疾患でも生活の質を維持することができる場合があります。
亡くなることは避けられませんが、その最期をどういうふうに迎えるか。
安直に希望をちらつかせるのではなく「よく頑張ったね」と言える最期を、家族で迎えることができることを目標に
リハビリ職はご利用者様・患者様と向き合っています。


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